「精神世界の鉄人」 エッセイ集

タイトル 発行月日
☆祝☆ 7周年! 〜自信〜 6/3/2008

一昨日の6月1日に、私のメインサイト、「精神世界の鉄人」が、7周年を、迎えました。

たくさんのお祝いメールに、感謝です!

読者の皆さんの暖かいご声援のおかげで、7年間も、続けてこれました。本当に、ありがとうございます。

2001年6月1日に、正式オープンしましたから、ちょうど、7年ですね。いやー、いろいろなことが、ありました。大変なことも、たくさんありましたが、それ以上に、素晴らしい出会いや素敵な思い出が、できました。やはり、続けて、よかったと思います。

これからも、これまでどおり、いろいろなエッセイを、発信していきますので、よろしくお願いしますね。

一昨日は、私の自宅に、親しい友人たちを、招待して、比較的少人数で、お祝いをしました。それから、そのホームパーティーのあと、恒例のカラオケボックスで、アニメソングを歌い、それから、ファミレスで、また、朝の5時まで、語りあかしました。超面白い話を、たくさん聞けて、もう、最高でした。やはり、気の合う仲間と、とことん、おしゃべりするのって、いいですねー。(笑)

 

さて、エッセイも、今回で、200話以上になりますが、7周年を記念して、スペシャルエッセイを、提供しようと思います。

「自信」という題です。

「自信」というのは、文字通り、「自分を信じられる意識状態」です。人間の人生って、これさえあれば、90%くらいは、大丈夫なのでは? と思っています。本当に、一番大事なのが、「自信」なんだと、思います。

自信には、「根拠のある自信」と「根拠のない自信」の二つがあるみたいですね。

この前者の「根拠のある自信」は、「努力」によって、得られるものだと思います。つまり、

「たくさん勉強したから、今回のテストは、満点をとる自信がある。」

「たくさん練習したから、次の運動会では、かけっこで、1番になる自信がある。」

というのは、根拠のある自信です。

一方、後者の「根拠のない自信」は、なにも、努力の裏付けなどもないのに、「直感」で、感じるような自信です。つまり、

「なんとなく、自分は、将来、億万長者になるような気がする。」

「なんとなく、いつか、最高の相手と結婚できるような気がする。」

というように、根拠はなくても、確信しているような状態です。ただ漠然と、「なんとなく…」というのが、ミソですね。実際に、そう感じて、そのとおりになる人も、けっこういますよね。

「努力」で得られる、「根拠のある自信」は、大人になるにつれて、がんばっていれば、どんどん、積み重なってくるような傾向が、あるような気がします。

一方、「直感」による、「根拠のない自信」は、子供のころに、なんとなく、漠然と思い描いていた、「夢」などに、そのヒントがあるような気がします。また、これは、いわゆる、スピリチュアルな世界で、「天使」だとか、「守護霊」、「妖精」、「宇宙存在」、「ガイド」などと呼ばれる、「目に見えない存在たち」が、メッセージを、送っていることも、多いような気がします。

「あなたの行く道は、そこじゃないよ。ここだよ。ちゃんと、自分の道を、間違えないで、歩いてくださいね。」

というように、時には、言葉や声で、時には、ビジョンで、そして、また、時には、「シンクロ(意味のある偶然)」という現象を使って、教えてくれるような気がします。

 

今回は、10代の頃に、自信を失い、苦しんでいた私が、どういうふうに、自信を、取り戻したかを、秘蔵写真を、交えて、初公開しようと思います。

 

まず、最初の写真です。私は、1966年の10月生まれなのですが、下の写真は、だいたい、1970年頃です。左のシマシマ模様のT−シャツを、着ている男の子が、私です。4歳です。沖縄の石垣島です。父と母。そして、姉と妹と。父は、元・外科医で、母は、元・アナウンサーでした。なんか、この頃は、ぼんやりとですが、自分の人生に、どういう試練が、待っているか、わかっていたような気がします。

 

次の写真は、1976年頃、10歳くらいの頃です。家族で、那覇市の墓参りに、行った時の写真です。一番前で、猿のマネをして、ふざけているのが、私です。この頃は、元気に、遊んでいました。

 

1978年頃、小学6年生くらいです。写りが小さくて、よくわかりませんが、友人たちと、那覇市の郊外で、記念撮影したものです。真ん中が、私です。この頃は、身体も弱くて、痩せていましたね。中学に入学すると、学校で、よく、いじめられました。中学の頃が、一番、苦しかったですね。この時期は、あまり、写真も、ありません。特に、中学2年くらいの頃は、ボロボロに、自信を、なくしていました。

 

1982年かな。高校2年生の頃、家族と、那覇市のホテルで、記念撮影しました。黒い学生服が、私です。ジャニーズ系だったんだよな…。(笑) この頃は、父の後を継いで、外科医になろうと思って、真面目に、勉強していました。少しだけ、自信も、取り戻してきた頃ですね。

 

写真の日付は、1987年9月24日です。奈良県の旅館で、一人旅の途中に、撮影したものです。大学1年生で、20歳の頃です。高校3年生くらいから、急に、勉強する気がなくなり、また、自信も、喪失して、3年間くらいは、生きる目的なども、見失って、毎日、根なし草のように、ぶらぶらしていました。目が、虚ろですね。表面的には、楽しそうに、していましたけど、魂が、ボロボロに、傷ついていましたね。

 

それから、しばらくして、大学の体育館で、ウエイトトレーニングを、開始しました。下の写真は、21歳の頃です。「バーベル」と出会ってからは、「自分の生きていく道は、これだったんだー!」と、ハッキリ、確信できました。写真は、2枚とも、1988年12月12日の日付です。左が、私で、右は、トレーニング仲間で、台湾出身のロウさんです。トレーニング開始して、だいたい、1年くらいです。肉体美を、披露していますね。(笑)

 

この頃から、逆三角形の背中に、なりました。胸囲、110センチくらい。上腕囲、40センチくらいだったと、思います。ベンチプレス、120キロ。握力、70キロくらいでした。肉体が、強くなると、自信って、自然に、ついてくるんですよね。

 

それから、約1年半、さらなる、ハードトレーニングに打ち込みました。左が、私です。1990年7月6日の日付ですね。23歳です。沖縄の北中城村のジムです。ボディビルダーの先輩の優勝記念パーティーでのひとコマです。右の友人は、プロレス同好会に、所属していました。

 

当時の体格は、胸囲、127センチ。上腕囲、48センチ。非公式ですが、ベンチプレス、180キロ。握力、90キロでした。ベンチプレスは、当時の大学生の日本記録でした。ボディビルダーやプロレスラーの道も、考えていましたが、やはり、パワーリフターの道に、決めました。光は、カメラのフラッシュが、鏡に、反射したものです。もともとは、肉体世界の鉄人だったんですよね。どうして、精神世界なんか、はいってきちゃったんだろう…?(笑)

 

その後、沖縄の大学を、卒業して、東京の会社に、就職しました。サラリーマン時代の私です。1991年ですね。24歳です。額の上あたりに、オーブ(たまゆら)が、出現しています。だいたい、この頃から、写真に、頻繁に、オーブが、写るようになりました。光の存在たちのサポートが、強くなったかも、しれませんね。「バシャール」の本に、出会い、精神世界の勉強を始めたのも、この頃からです。サラリーマンは、1996年まで、転職したりしながら、5年くらい、やりましたね。

 

しかし、やはり、サラリーマンは、自分に、向いていなかったようで、長く続かなかったです。1997年に、サラリーマン生活を辞めて、渡米しました。ウエイトトレーニングの勉強が、メインの目的でした。写真は、ロサンゼルスの「ゴールドジム」です。アーノルド・シュワルッネッガーが、修行していたことで、有名なジムです。時期は、1997年の夏くらいですね。30歳くらいの頃です。ここで、思う存分、トレーニングしていました。楽しかったな…

 

1998年頃から、少しづつ、パワーリフティングやアームレスリングの試合に、出場するようになりました。下は、カリフォルニア州のアームレスリング大会です。真ん中の緑のT−シャツが、私です。アメリカのアームレスラーたちと、死闘を、繰り広げていました。31歳です。

 

「グワ〜!」という声が、聞こえてきそうですね。残念ながら、負けてしまった試合です。青空の下の試合でした。そのうち、またいつか、リターンマッチをしに、行きたいですね。

 

その時の観客です。アメリカ人って、腕力勝負が、好きなんですよねー。大盛り上がりでした。場所は、カリフォルニア州の郊外です。

 

またまた、自信を、失いかけ、自分の心や肉体に、限界を感じていた頃、ちょうど、タイミングよく、ロスのリトル東京にある、クリニック、「ベストクリニック」で、カイロプラクターのドクター・本間と、知りあいました。そこで、現在の仕事、「キネシオロジー」と運命的な出会いをしました。この写真は、1999年くらいですね。32歳です。

 

キネシオロジーで、魂のことが、わかるようになってから、記録が、よく伸びました。それからは、いろいろな試合で、勝てるようになりました。下の写真は、ラスベガスでのパワーリフティングの世界大会です。2000年ですね。34歳の時です。左の青い光は、オーブだと、思います。

 

試合会場で、自分の出番を、待っているところです。下のほうに、小さなオーブが、現れていますね。だいたい、この瞬間は、何もやることがないので、光の存在たちに、お祈りしていました。お祈りは、「自分が勝ちますように」ではなくて、「自分にとっても、皆にとっても、ベストな結果に、なりますように。そして、世界中の人、皆が、幸せになりますように…」というような内容の祈りが、多かったと思います。

 

「ウオー!!」という掛け声で、バーベルを、持ち上げるところです。もう、たくさんのオーブ(光の存在たち)も、応援に、駆けつけてくれています。オーブは、フィルムのゴミなどもあって、本物かどうかの真偽が、難しいのですが、これは、本物だと、思います。

 

試合が、終わって、観客の声援に、応えているところです。もう、この試合は、他の写真も、光の存在たちで、いっぱいでした。「自分って、すてたもんじゃ、なかったんだな…。なんでも、やってみれば、できるもんなんだな…」と、自分の人生に、誇りと自信が、溢れてきた瞬間でした。

 

どうですか? 私が、今回の人生で、少しづつ、自信を、築き上げてきた軌跡は? こうやって、ダイジェスト版のように、さらっと、眺めると、あっという間だったような気がしますが、でも、よくよく、この41年以上を、振り返ってみると、コツコツと、細かく、地味な努力を、積み重ねっていったことが、わかります。

精神世界の業界では、よく、楽をすることを、説きますが、まったく、何もしないで、夢が叶うことは、この世界では、まず、ないと思ったほうがいいです。やはり、この世界は、夢が叶うのに、ある程度、時間がかるし、地味な努力も、大事なのだと思います。

今までのエッセイでは、あまり、「努力」の話は、しませんでしたが、やはり、がんばったり、努力することも、大事だと、思います。まあ、何回も言うように、楽しく努力したほうがいいという、注釈つきですけどね。楽しくない努力は、長続きするのが、難しいですからね。

これは、私見ですが、この世界では、原則として、あくまでも、自力本願で、生きていくようにしたほうが、いいような気がします。パワーリフティングを、やっていた頃、精神世界の仲間たちと、会話する時、いつも、こう言っていました。

「天使や守護霊たちのような、光の存在たちが、代わりに、バーベルを、持ち上げてくれるわけじゃないんだ。この世界は、肉体を、使って、自力で、がんばる世界なんだ。普段から、そういう存在のサポートを、あてにするのは、よくないことなんだ!」

普段の練習は、自分の意志で練習し、それから、試合場では、自分の肉体で、勝負する。これを、原則にしていました。だから、目に見えない存在たちの力を、借りようとしたり、お祈りするのは、普段は、極力、やらないようにしていました。

パワーリフティングの試合では、試技の開始1分前になり、名前がコールされると、すべての行為が、禁じられます。もう、練習することもできないし、誰かに、助けてもらうことも、できません。

その1分間だけ、いつも、ちょっとだけ、天使や守護霊などのガイドに、祈っていました。

もしかしたら、彼らも、こういう人間のほうを、よりサポートしたいと、思うのかもしれませんよ。

昔の人も、常に、こう言って、戒めていました。

「人事を尽くして、天命を待つ。」

とことん、ギリギリまでは、自分の力で、がんばり、あとは、神様に、お任せする。やはり、これが、光の存在たちと、うまくつきあっていく、コツかもしれませんね。

 

普段の生活の中では、この肉体を使って、努力を、積み重ねながら、「根拠のある自信」を、築き上げていく。そして、それに、限界を感じたり、道に迷ったら、精神世界の業界に、たまに、戻ってきて、お祈りをしたり、瞑想をしたり、ヒーリングやチャネリングで、光の存在たちから、自分が、道を外れているかどうか、教えてもらう。同時に、「根拠のない自信」も、なんとなく、頭の隅っこに、もっておく。光の存在たちのことは、あてにはしませんが、敬意は、常に、もっておく。これが、私が、17年間やってきた、精神世界との付き合い方です。

人によって、割合は、違うと思いますが、自分の場合は、

「肉体世界(現実世界)」:「精神世界」=9:1

くらいの割合でした。このくらいが、自分には、あっているみたいですね。まあ、これからは、少し、この割合も、変わってくるかも、しれませんけど…。

ぜひ、普段の生活の中で、コツコツと、「根拠のある自信」を、育みながら、たまに、精神世界の書籍やセミナーなどで、「根拠のない自信」にも、磨きを、かけてみてくださいね。

これからも、お互いに、自分を、信じながら、この現実世界を、逞しく、生きていきましょうね。「自信」さえあれば、大抵のことは、大丈夫ですから。(笑)

 

 

 

 

<オマケ>

 

☆頑張りたい時に、聴くと、パワーが、湧いていきますよ。(笑)

○「それが大事」   by 大事マンブラザーズバンド

http://jp.youtube.com/watch?v=MDXtNBc0ml0

 

 

PS 7周年を迎えた、このサイトです。

もうすぐ、アクセスも、654321番になります。このキリ番を、ゲットした方には、また、粗品を、差し上げようと、思っています。(笑) ↓

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